・ネイチャーの記事(http://www.nature.com/news/2011/251011/full/478435a.html
(試訳)

放射性下降物の調査研究、放射線被害を引き上げる
福島に関する地球規模のデータが日本の試算に異議申し立て


 3月に起きた福島第一原発の大災害は、日本政府が主張してきたよりもはるかに多くの放射性物質を放出した。そう結論を下したとある研究*1は、地球全域の放射能データを結集させ、壊滅した原発からの放出物の規模と行く末を試算した。
 その研究によると、政府の主張に反して、使用済み燃料プールは長期にわたる環境汚染物セシウム137の放出――すぐに行動していれば防げたかもしれない――にとって重大な役割を果たしたとされる。その分析結果を、Atmospheric Chemistry and Physics誌が同分野の専門家らによる公開審査のためにインターネット上に投稿した。
 ノルウェーのシェラーにある大気研究所の大気科学者Andreas Stohl氏はその研究のリーダーであり、それはどの程度の放射性物質が福島第一から放出されたのかを理解するのにこれまでで最も包括的な研究だと信じている。「とても価値ある研究だ」、とLars-Erik De Geer氏は言う。彼はその研究には関与していないが、ストックホルムにあるスウェーデン全国防研究所で大気のモデルを作っている。
 復元はいくつもある日本や世界中の放射性物質のモニタリングステーションからのデータに依存している。多くはウィーンにある包括的核実験禁止条約機関が管理するグローバル・ネットワークの一部となり、核兵器の実験を監視している。科学者らは、カナダ、日本、ヨーロッパの独自のモニタリングステーションからのデータを付け加え、そしてそのデータとヨーロッパやアメリカの大容量の地球規模の気象データを組み合わせた。
 Stohl氏が警告しているのは、その得られたモデルは完璧からはほど遠いものだということだ。福島の事故の直後では測定は乏しく、いくつかのモニタリングポストはあまりに放射能汚染されていて、信頼のおけるデータが出せなかった。もっと重要なことなのだが、実際に原子炉内部で何が起きているのか――原子炉が何を放出しているか理解するのに決定的な部分――は解決しそうにない謎のままである。「もしチェルノブイリの試算を見ても、それでも25年後大きな不確かさを感じるだろう」、とStohl氏は言う。
 にもかかわらず、その研究は事故の包括的な見解を示している。「実に、地球全域を見渡し、手に入るデータを全て用いている」、とDe Geer氏は言う。



異議申立てのための数字
 日本の調査員らはすでに、大災害をもたらした3月11日の地震後、詳細な出来事の時系列表を作成していた。地震が福島第一にある6つの原子炉を揺らした数時間後、津波が到着し、危機的状態にある緊急のさい原子炉を冷却するよう設計されていたディーゼルエンジンの予備電源が機能不全になった。数日以内に、事故のさい動いていた3つの原子炉は過熱し、水素ガスを放出し、そして大爆発に至った。4つ目の原子炉から移動したばかりの放射性燃料は、地震のさい、貯蔵プールに置かれていた。3月14日その貯蔵プールは過熱し、恐らくその後数日にわたって建物の中に火災を引き起こしたのだろう。
 だが、原発から放出した放射性物質を説明することは、こうした時系列を復元することよりもはるかに難しいことがわかった。日本政府が6月に発表した最新の報告によれば、福島原発は1.5×1016ベクレルのセシウム137を放出していたという。このアイソトープ半減期が30年で、原発からの長期にわたる汚染の最大の原因となっている*2。さらに大量のキセノン133、1.1×1019ベクレルが、公式の政府試算によると、放出されたという。
 新たな研究はこの数字に異議を唱えているのだ。復元したデータをもとに、研究チームはこう主張している。事故によって放出されたのは、およそ1.7×1019ベクレルのキセノン133であり、チェルノブイリで放出された総量の試算1.4×1019ベクレルよりも多い。3つの原子炉が福島の事故で爆発したことが、大量のキセノンを記録したことの理由となっている、とDe Geer氏は言う。
 キセノン133は人体や環境に吸収されないので深刻な健康上のリスクをもたらさない。しかし、セシウム137の影響は、何十年も環境に長く残るので、それよりもはるかに気がかりである。この新たな研究モデルによれば、福島原発が放出したのは3.5×1016ベクレルのセシウム137であり、公式の政府の数字のほぼ2倍で、チェルノブイリの半分ということだ。高い数値はどうみても人を不安にさせるものだ、もっとも進行中の地上測定が全住人の健康リスクを確定する唯一の方法だけれども、とDe Geer氏は言う。
 Stohl氏によれば、研究チームの結果と日本政府の結果との食い違いは、より大きなデータを使うことである程度説明できるのではないかという。日本の試算は主に国内のモニタリングポストからのデータを頼りにしている*3。それは、太平洋や、ついには北アメリカやヨーロッパまで吹き飛んだ大量の放射性物質を記録することはなかった。「太平洋まで流れ着いた放射性物質を考慮に入れることが、事故の規模と性質の実態をつかむのに不可欠なことだ」、と神戸大学放射線物理学者である山口智也氏は言う。彼は福島のあちこちで、土壌のラジオアイソトープ汚染を測定し続けてきました。
 Stohl氏は付け加えて、公式の試算に関与している日本のチームには同情している、と言う。「彼らはすぐにでも公表したかった」、と彼は言う。この2つの研究結果の違いは大きいように思う、と述べるのは群馬大学の火山学者である早川由紀夫氏で、彼もまた事故のモデルを作ってきた。だが、それらのモデルにある不確かさは、試算がたがいに似ているということだ。
 新たな分析結果は、4号機のプールに貯蔵してある使用済み燃料は、多量のセシウム137を放出したとも主張している。日本政府は、そのプールから実質的には全く放射性物質は漏れていない、と主張してきた。とはいえ、Stohl氏のモデルが明らかにしているのは、そのプールに水をかけていたことによって、建物のセシウム137の放出が著しく低下した(参照:Radiation Crisis)。この研究結果から、放射性下降物の大半はもっと早くプールの水浸しにしていれば防げていたかもしれない、というのだ。
 日本政府は、そのプールは大きな損傷を受けていないようなので、使用済み燃料は汚染の重大な原因ではなかった、となおも主張し続けている。「4号機からの放出は重要ではないと思います」、と茨城にある日本原子力研究開発機構の科学者である茅野政道氏は言う。彼は、協力して日本の公式試算を作成した。だが、De Geer氏は燃料プールに関する新たな分析結果は「説得力があるように思える」、と言う。
 最新の分析は、地震の直後、そして津波がその地域を水浸しにする前に、福島第一からキセノン133が放出し始めていたことも示している。これはつまり、たとえ壊滅的な洪水がなくとも、地震だけで十分発電所に損害を与えていた、ということだ。
 日本政府の報告はすでに、福島第一での揺れが、発電所の設計仕様を上回っていたということを認めている。反核の運動家らは、政府が原子力発電所を認可するさい適切に地震災害に対処してこなかったことを恐れてきた(参照:Nature 448, 392-393;2007)。そして、キセノンの放出によって、原子炉の安全評価を大幅に見直すことになるだろう、と山口氏は言う。
 このモデルは、事故はさらにいっそう壊滅的な影響を東京の人々に与えていたことだろう、ということも示している。事故後最初の数日、風は海に向かって吹いていたが、3月14日の午後には、風は岸の方に向きを戻し、放射性物質セシウム137を含んだ雲が日本を包むように覆った(参照:Radioisotope reconstruction)。雨が降り注いだ場所、中央の山脈に沿って原発の北西まで、高めの放射線量が後に土壌で記録された。ありがたいことに、首都と他の人口密集地域は日が照っていた。「かなり高い濃度が東京を覆った時期もあったが、雨は降らなかった」、とStohl氏は言う。「雨が降っていたらもっと酷いことになっていただろう。」

*1:Stohl, A. et al. Atmos. Chem. Phys. Discuss. 11, 28319-28394 (2011).

*2:www.kantei.go.jp/foreign/kan/topics/201106/iaeahoukokushoe.html

*3:Chino, M. et al. J. Nucl. Sci. Technol. 48, 1129-1134 (2011).